占い

食神、傷官の解釈を剥がす

 

こんにちは!陰ヨガ講師のTAiGAです!

 

四柱推命で

使いにくいと感じる解釈をリセットして考えてみる

アンラベリング四柱推命

 

今回は食神、傷官を

見直してみたいと思います

「奉仕心」「子どもっぽさ」「表現力」

のような定型的な

イメージのラベルを剥がし

「理解をさらに深めたい」という練習です

 

五行は親子の関係を

延々と繰り返しています

 

木の子が火

火の子が土

土の子が金

金の子が水

水の子が木

 

逆も言えます

木の親が水

水の親が金…

 

専門用語と言うほどではないですが

この1つの五行が別の五行を産む

子を産む概念を

「気を漏らす」と言い

「漏星」(ろうせい)という呼び名があります

 

この作用の名前を

四柱推命では漏星を

「食神」(しょくしん)
「傷官」(しょうかん)

と呼んでいます

 

その漏星が度重なる事を

身弱と呼んで

総じて「意思の弱い人」という

説が普及しています

本人の気が減り過ぎていて

「投げ出しやすい」「気が逸れやすい」

「衝動的」「持続力の低い」

という意味合いです

 

もう少し角を取って言っても

「他者に道を譲る人」くらいですかね

 

このラベル、観法の基礎にするには

差があり過ぎて使えないです

本人が社会的に不利に傾くことと

「弱い」という言葉を混同していて

大雑把すぎます

 

傾向性として一部合致するものもありますが

採用できない事も多いので見直しています

 

そもそも弱くなる、減るとは何でしょうか?

 

ある五行が次の五行を産んで

元のものが減る

ほんとうに減っているかどうかです

 

産んでも減らない方法があります

減るような産み方をしてるから減るんです

プライバシーと関係があります

 

ひとつ数字に置き換えてみましょう

 

自分自身のことを

「比肩、劫財」(ひけん、ごうざい)

と呼びます

略して比劫(ひごう)です

 

自分や、身内、家族、同僚、兄弟

肩を並べる同じ単位や地位を指します

プライベートやプライバシー、ワタクシごとをも含めます

 

比劫の自分を数字で「1」としましょう

プライバシーは純度100%の自分なので「1」

 

漏らすと気が減るということは

数字が1から減るという考え方です

 

まずはちゃんと

一般的な解釈をリスペクトして

減るような考え方を

してみましょう

 

社会的な陰陽で言えば

対外的な社交の顔を「陽」

個人的なオピニオンを「陰」

とみる事ができます

 

プライバシー(比劫)が減る

つまり「公にする」という事です

陰の見えない部分

内なるものを陽の当たる場所に出す

個人的なものに留めず

他者と共有する行為をいいます

食神、傷官といった漏星を

多くは「芸術&表現の星」と呼ぶのには

解釈比重がそこにありそうです

 

じぶんが1

1は1/1

じぶん純度100%

もし10人いる会議の発言で

その意見が満場一致だとすれば

10人で1つのモデルをシェアするので

1/10

自分だけのものが、みんなのモノになり

100%が10%に

「減った」と言っていいでしょう

 

パブリックアートにサインは必要ない

という事です

 

もしも

上司のための進言が採用されて

その提言を上司が「自分の意見と決断」として

公にするのであれば

もう「それは自分のアドバイスなんです…」

と、知恵を認めらる機会は無いでしょう

手柄は無し

漏らして何も残らない状態もありえます

 

あとは単純な気力体力の消耗も

あると思いますし

漏星の減り方も様々だと思います

 

さてでは現代において

本当に単純に減ることになるでしょうか?

いくらでも「自分の考え」を

アウトプットして保存する術がありますよね

 

昔は無理だったかもしれません

これは誰の発言だ

誰の発明品だ

そういう出所が「わかる」ことに関しては

減るどころか増えていると見えませんか?

IPビジネスなどは

漏星前提ですよね

 

つまり減る様な表現と

減らさない表現が見られる

 

最初にお伝えした

「産んでも減らない方法」

と言うのは

サインや、実名の公開や、特許

晴れ舞台での記録です

 

逆に「減るような産み方」は

匿名性の高いものです

○○会社の一社員としての会議の発言

使い捨てのSNSのアカウントでの投稿

公共性の高いもの

著名をせず盗作されてしまった時

 

どれも公私でいうなら

「私」を削った奉仕です

 

以上ですが、いかがでしょうか?

 

併せて食神、傷官がそのまま「芸術家」や

「勝手気まま」「子供」というラベルに

繋がらない事もわかって頂けると思います

 

いまはSNSのアカウントも

本アカウント、捨てアカウントと

区別して使う方がたくさんいます

認知度の高いアカウントでの表現は

当人の元気は回復することが出来るが

出したものはネットの海に残ります

 

プライベートの公開は

加減をしないと本当に疲れますからね

 

才は漏れるもので止まりませんので

使い方をよく考えましょう